凸凹が凸凹に輝くとき〜大人はたのしそうじゃない

大人は楽しそうじゃない

娘がちょうど5歳位かなぁ、
なんか毎日楽しくなくて
娘の表情がなくなって、鬱々している日々があったんです。
2人のおじいちゃんを相次いでなくして、さらに大おばあちゃんもなくなり、
アメリカと言う知らない土地に引っ越した、と言うことが大きく影響していたとは思います。

なんか表情がなくて

「わたしが家だったらいいのになぁ」とか、「わたしピアノだったらいいのになぁ」とか、言うんです。

だから私聞きました、「どうして?」って。

そしたら娘こう言うんです。「生きていないから」

「生きていない方がいいの?生きていると楽しいよ」私は言いました。そしたら、

「だって、大人になっても全然楽しそうじゃないんだもん。大変そうなんだもん。

その言葉を聞いて、私は、はっとしました。

そういえば私笑ってなかったかもしれない。

1歳3歳5歳という3人を抱えて、異国の地で子育てして、精一杯の日々でした。
日本にいるときは、近くに実家があって、いつもいつも実家に帰っていました。
おじいちゃんおばあちゃんにいつも手伝ってもらっていました。それが、アメリカに来てからは、全部自分でするんです。

アメリカは子供を守るために厳しい法律がいくつかあって、12歳まではお家に1人で置いていてはいけないとか、必ずシートベルトしないといけないとか。
チャイルドシートは今では日本では当たり前なんですけど、その当時はしてない人も多くて、アメリカに行くと3人をチャイルドシートに乗せるだけで大仕事。 歩いていける範囲にお店とかなくて、買い出しに行くときには必ず車で行かないといけない。ほんのちょっとの留守番もさせられないし。一つ一つのことがほんとに大変で、私はいつも顔をしかめていました。

娘の一言に気づいて、 あーこれじゃいけないな。大人が楽しそうでなかったら生きていく希望もないよね。

そう思って私は楽しいことをしようと思いました。

でもね、何したら自分が楽しいのか忘れていたんです。

あまりにも長い間子育てと家事ばっかしだったので。

自分が楽しいと言うことを忘れていました

とりあえず踊ってみました。

明るいパーティ音楽のCDを買ってきて。

踊ってみました。 一瞬楽しんだけど、踊りがそもそも好きではない私が踊っても長続きしません。

その頃日本人のママさん達が集まってやっていた工作や手芸のグループにも入ってみました。
材料買って、やってみました。
結果は想像つくと思うんだけど、そもそも不器用な私は上手にも作れないし、飽きっぽいのですぐにやめたくなるし、肩こり、頭痛がして、これも続きませんでした

だんだん思い出してきたよ。
私はピアノ弾くことと本を読むことが大好きだった。
レンタルピアノを借りました。日系の本屋さんに行って、高かったけど本や雑誌を買いました。

そして、ピアノ弾いてみました。

子供たちが周りで踊ります。

大きくなった頃に娘が言ったんだけど、
ママがねピアノ弾くと私たち踊ってたでしょ。あれね、その曲が好きなんじゃなくて、ママがうれしそうだから、私も嬉しくなって踊っていたんだよって。

あー、そうだったんだね

子供たちは、お母さんが幸せそうなのが大好きお母さんが楽しそうなのが大好き。お母さんが笑っているのが大好き。

これからは、そんな日々を送るように心がけました。

子育てや家事の大変な事はこれからも続いたわけで、そんなに多く私が変わったわけでは無いかもしれないけど、

公園に行って子供たちを遊ばせている間にベンチで本を読む。

子供たちが泳いでいるプールサイドで本を読む。

そんな時間を過ごすことを増やしていきました。

子供たちは相手をしてあげなくても3人でどこでも楽しく遊ぶし、私が横で本を読むことを楽しんでいると、自分たちも安心して心から楽しく遊ぶんです

日が暮れるまで公園にいたこともありました。日がな一日プールサイドで過ごしたこともありました。

そんなのんびりした日々だ今ではほんとにいい思い出。子供たちの情緒の安定にもつながったと思っています。 こんな日々を送ることができたのも、みさきの一言があったから。

ありがとね。

あ、みさきの鬱々状態は次第にもどっていきました。

やっぱり、生きるって楽しいんだよ、って伝えたい。